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最近周りに暗い話が多いので

今回の記事は珍しくイラスト無しです。
……というのも、絵を載せられるような雰囲気の話ではないので、と言うのが大きな理由な訳ですが。

最近自殺や鬱に関することに触れる機会が多くなり、自分一人でそのストレスをため込んでいるのがちょっと辛くなったと言いますか、ぶっちゃけ「自殺について自分はこう考えてるよ!」というのを知って貰うためだけに書いてます。自己満足です。

自分は自殺を否定する気は毛頭ありません。だからといって推奨しているわけでもありません。
ただ、「みんな違って、みんな良い」という言葉の通り、人それぞれ違う道を歩んでて、その過程で自殺願望という物が芽生えてしまっただけなんだよ…と、言うことを伝えようと思います。

恐らく長い話になると思うので追記から。
読んでいて気持ちの良い話でもありませんから、苦手な人はお読みにならないようお気をつけ下さい。
まず、自分はこれでも色々嫌なことに遭遇してきたという自負があります。
幼稚園の頃は同じ組の女子と喧嘩して、十数年経った今もうっすらと残る傷を負いました。
小学生。1年生の終わり頃、幼なじみと大喧嘩して絶交しました。
3年生になるまでの間、クラスの男子に殴られたり等のいじめに遭いました。
2年生の終わり頃、勘違いで校庭のスプリンクラーを壊そうとした犯人にされて無実の罪を背負いました。
3年生になって遠くに転校し、知り合いが一人もいなくなりました。
学校帰りに挨拶した相手が不審者で、追いかけられたりもしました。
4年生の頃、ずっと友達だよと言っていた友人にあっさりと裏切られ、その後執拗な嫌がらせに遭いました(自転車に生卵をかけられていたり、上履きが隠されていたり)。
5年生の頃、友人が学校のベランダから身を乗り出しているのを必死で止めたりもしました。
中学生。自分が口べたな所為もあって友人が一人もいない一年間を過ごし、二年になって話したこともないクラスメイトに「消えればいいのに」と言われ、悪口を毎日のように言われ、登校拒否になりました。
高校生。小学校の頃からの友人が別のクラスになり、少しづつ自分から離れていきました。さらにこの頃親の知り合いが自殺し、その自殺に関与していたのではないかと疑われ、訴えられました。そしてその年の冬、自分は交通事故に遭いました。

今鮮明に思い出せる限り、このくらいの「嫌なこと」には遭いました。
これが多いのか、少ないのか。重いのか、軽いのか。自分には分かりません。
ただ一つ言えるのは、今自分が普通に生きていて、笑って、生活できている。それだけです。

嫌なことはなかなか忘れないとよく言います。楽しいことは割とすぐに忘れてしまうとも言います。
「私は不幸だ」と感じている人だって、一度位は楽しかった思い出があるはずです。
どんなに些細なことでも、笑ったことがあるはずです。
それを思い出してみて、それでも自分は不幸だと思うのなら、その人は不幸なのでしょう。その人が幸福か不幸かなんて、自分以外に決められるはずがありませんから。
虐められている側が虐めだと思えば虐めであるように、今その人生を生きている人が不幸だと思えば不幸なのです。他の誰かが決めるようなことではありません。

「自殺はいけないことだ」と人は言います。世間は言います。
自分はそうは思いません。自分にとって自殺はただの「逃げ」という手段の一つでしかありません。この世の全てを捨ててまで逃げ出したいと思うのなら。どうぞ逃げて下さい。もし死なずに生きていたらもっと良いことがあったのに。…なんて事はただの「もしも」に過ぎませんから、どうぞこの世から逃げて下さい。この世の中にある、まだ貴方の知らないすばらしいことがあったとしても、「今」という苦痛に耐えられないのなら、そのすばらしいことを捨てる価値があったとしたら、それは正しい選択になるのではないでしょうか。
他の誰かの迷惑になる、悲しむ人がいる。
…なんて事は当たり前の話です。人は一人で生きているわけではありませんし、生みの親が居なければその人は生まれてすら居ませんし、育ての親が居なければ存在することが出来ません。
それにそもそも、この世から逃げ出したい位に追い詰められている人は他の人に気を遣う余裕なんてありませんから、他の誰かの話をして思いとどまる人がいたら、きっとそのひとは元から自殺なんて出来ませんよ。
だって、他人のことを考えるだけの余裕があるのですから。

「死にたいけれど痛いのは嫌」
以前自分が思っていたことです。楽に命を絶つことが出来るのなら、今この現実よりももっと多くの人が自殺という逃げの手段を使っていたでしょう。
飛び降り自殺、首つり自殺、多くの自殺方法が世の中には転がっているわけですが、楽に死ぬ方法なんてありません。ギロチンや刀で首を両断されても数秒は意識が残っていると言いますから、その時の痛みはすさまじいものがあるでしょう。
……そんなに痛い思いをしてまで逃げたいか?
自分はNOです。そんなに痛い思いをして死ぬ位なら、一生人間のクズとして生きながらえていた方がよっぽど楽です。
消えたい消えたいと思うのならば、他人と関わるのを止めれば良いだけの話です。話しかけなければいい。誰かに近づかなければいい。
それが出来ないから、消えたいと思うようになるのです。人間、そこまで強くありませんから。

最後に、虐められているから死にたいと思っている人。
自分は虐められた経験こそあれど、それが原因で死のうと思ったことはありません。だって悔しいじゃないですか。虐めた奴を見返してやりたいじゃないですか。
嫌いな奴のせいで自分が死ぬなんて自分は嫌ですね。自分は自己嫌悪から死にたいと思ったことは何度もありますけど、「あいつに虐められているからもう生きていたくない、死にたい」なんて感情は持ったことがありません。だから、虐められているから死のうと思っている人の気持ちは分かりません。
でも、分からないからこそ言えることがあります。「虐められて死のうと思う位なら、その虐めている奴を殺してから死んでみろ」と。
……できますか? どうせ自分も死ぬんですから誰も貴方を責めたりはしませんよ?
人間、死ぬ気になれば何だって出来ると言います。死ぬ気になったのなら、せめてその虐めている奴に一泡吹かせてから死んでみて下さい。それが出来ないのなら死なない方がマシです。貴方が死んでも虐めていた人はあまり苦しみませんよ?
「あ、あいつそんなに追い詰められてたんだ。悪い事したな」という感情は持つかも知れませんが、それで死んだ貴方は報われますか?
救われたいと思って自殺するなら本末転倒です。
よく考えてみて下さい。馬鹿なことだと思いませんか? 貴方を虐めていた奴はこれからものうのうと生きていて、虐められていた貴方は死ぬんですよ。それこそ理不尽じゃないですか。

……さて、自分のどうでも良い嫌なことの箇条書きから自分の自殺についての正直な意見を書き連ねてみましたが、何か考えは変わったでしょうか。共感できる所、批判したい所はあったでしょうか。
自殺についての話に正解はありません。貴方が考えて、これだと思った答えが貴方独自の答えです。それについて異論を言う筋合いもありませんし、意味もありません。人それぞれ違う感性があるのだから当たり前です。
最初の方でも申しましたが、
今回、色々暗い話を聞いたこともあって今回の記事を書きました。
これは自分個人の考えであり、誰かにこの考えを強要するつもりはありません。…ですが、自分のこの記事を読んで、少しでも自殺について考えて下さる人がいれば幸いです。
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どりーむぼうる

Author:どりーむぼうる
俗に言う底辺絵師。
好きなものばかり描く所為で画風が偏りがち。
しかも安定しない。
プロ絵はRPG用になんか作っていた顔グラ。

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